雨のそぼ降る今週日曜日
お昼から、
懐かしい顔ぶれが
集う
新年会に参加するため、
飯倉片町へ
報せを受けた随分前から
楽しみにしていたこの会
・・・だというのに、実はこの朝起きた時、前日の深夜食が消化し切っていなくて、それが原因か、もの凄く
具合が
悪くて
身支度をしているうちに、だんだん具合が悪くなって
(吐き気)、もう出かけるのは
無理なんじゃないかと言う程でしたが


今日のこの機会を
逃したら、また
一年後まで、その懐かしい人たちに会えるチャンスはないから、
一か八か兎にも角にも、タクシーで
駆けつけた
ソムリエになる以前、わたしは全く別の分野の職場に身を置いていたことは、
この時の取材記事でも触れましたが・・・
二十代の半ば頃から約3年半程、とある(福沢諭吉が創った)
大学医学部(JR信濃町駅前)の産婦人科の
研究室秘書として働いておりました
わたしのボスは、
産婦人科学会では知らない人がいないくらい
有名で
専門は
不妊症であり、当時最先端の
体外受精・・・一般の患者さん以外にも、政財界や芸能界の有名人もたくさん患者さんとして門戸を叩きに来るようなDr.でした。
当時、研究室にはボス以下7~8名くらいのDr.が所属しており、所属以外にも全国にたくさんのお弟子さん、所謂
門下生みたいな先生がたくさんいたし。
お部屋には毎日、製薬会社の方々・出版社の方々・患者さん・・・色んなお客様が
訪ねて来るし。
電話もFAXも贈り物もいっぱい来るし。。
先生は、病院の
外来や
オペだけでなく
医学部や看護学校の
講義もあるし
世界中を飛び回り、学会の座長や委員をし、研究を発表したり、本や教科書を作ったり、毎月専門誌に書いたり・・・・とにかく忙しい人で
そんな環境の中、ロクに社会を知らないわたしが、何をやっていたかと言うと
お客様の応対・接待・電話取次ぎ・食事の手配・図書館での資料集め・郵便局や銀行へ出かけたり・・・所謂、
何でも屋をやっておりました
何にも出来ないし、社会性を身に付けていない
おぼこでしたが。
ボス以下先生方、実に
根気良く、
温かくわたしを見守って下さり、
育ててくれたというか。。
今では全く違う世界で仕事をしていますが、どんな分野でも、
基本的は一緒で。。。
特に、秘書も
対ヒトの仕事だし、ソムリエも
対人の仕事なので
その頃に
培ったものが、現在の自分の
ベースになっていることは
確かであり
大学の職員ではなく、ボスの
私設秘書だったので、ご家庭内の諸々の雑用等・・・いろいろ
任されていて。
奥様も、多忙な
小児科の開業医だったし、3人のお子様方も全員医療人だったし、年齢が近かったこともあり、ご家族とも近しくさせていただいていました。
とにかく、みんな本当に温かい人々でしたので、
嫌な思い出はひとつも無いくらい、良い時代だった。
秘書は何でも知ってしまっているような立場だから、
出しゃばらず控えめを心がけ、だけど
機転が利かないといけないから、本当に現在の接客業とは共通点が多いし。
出入りする人々はみな、それなりに
一流の方々だったというのも、現在、
銀座で接する方々と
共通するところがあるし。
実際、その時代に出会った人がたまたまお客様でやって来るなんてことも多い。
元ボスも、
定期的に訪れてくれていますが
わたしが秘書をしていた時代から、
とにかくパワフルで元気で、
歩くのも
速いし(こっちは駆け足)、食事も速いし、話題は豊富だし、そして専門分野のことを話し始めると
止まらないし、業界を
牽引していく
情熱はすごい
だからこそ、人から
慕われるのだと思うけれど、この日も全国から40人くらいの仲間が集まり
ワイワイと
和気藹々と、近況を報告しあう光景は、十数年前の研究室の会と同じでした
優しく
朗らかな奥様M子先生が、昨年の9月に亡くなられたこともあり、
黙祷から始まった会。
わたしの在職中、M子先生が
脳内出血で倒れ、
大手術と壮絶な
闘病リハビリ生活を乗り越えて、
現場復帰するまで、そういう
生きざまを側で見ることが出来たのも、自分にとっては
貴重な経験だし。
その時代のことを、時間が経って改めて、先生のご家族から
労い、
感謝され、とても
報われた気がした。
たくさんのお
孫さんに囲まれ、
賑やかな様子には、心から
安堵したし。
(五月蝿くてたまらんと・・・ご本人談
)
ご長女のM先生が、お母さまのクリニックを
きっちり引き
継いでおられることもうれしかったし。。
わたしの
憧れでお慕いしていたご長男のN先生が、某大学の
最年少教授に就任されていたこともうれしかったし。
あの頃、浪人生だった末のご子息が立派に歯科を
開業され、しかも3人のお子様のパパになっていることもうれしかった。。。
元ボスのお計らいで、わたしも立派な先生方に
混じって
近況報告のスピーチなどさせていただいたお陰で
多くの方々に、
元秘書のあのおぼこが、
銀座でソムリエをしているのだと言うことを知っていただき
当時、わたしのことなど
認識して下さっていたのかどうかも定かでなかった門下生のDr.たちが
次々と
「あなたの名刺をちょうだいよ
」とか。。
実際、ArbaceにいらしてくださっていたDr.も何人もいらして。
「また行くよ
」とか。
すごくうれしかったし
ちゃっかりバッチリ
営業も出来た
今夜は、その時に
はじめましての名刺交換をさせていただいた、歴代の秘書の先輩に当たるAさんが、
早速ご来店の予定。
元ボスは、
80歳になった今も、現役時代と全く変わらないスピードで、とにかく止まっていることがないし、好奇心も
意欲もマンマン
数年前に頂いた年賀状に
「動いていますか
止まっていてはダメですよ
」と書き記されていて
いつも
自戒を込めて、折々にそれを思い出して、頑張っている
つもり
S先生のようなスピードはちと無理としても、わたしも
行けるところまで現役でいたいなぁ
体調不安はあったけれど、着いた途端、懐かしい先生方のお顔を見たら、
すっかりどこかへ
飛んでいってしまいました
外へ出たら、朝の雨はすっかり止んで、
薄日が差し
二次会でまたペチャクチャお喋り
S先生には、
生涯現役で
100歳くらいまで、業界や後進のために頑張っていただき
(
楽勝でいけそう。。。

)
わたしも、その
背中を見て、頑張ってゆきたいと思った出来事でした