4月14日、雨上がりの月曜日
実家の医院が父から兄へと代替わりをして、新規開院となりました
この地で40年、地域密着の皮膚科医として働いて来た父の医院は、一応、3月31日をもって廃業となり・・・。
既に2月から改装工事が行われており、毎朝工事のためにやって来る人の出入りがあるため、気まぐれで自分の家と実家を行ったり来たりしているワタクシも、ほとんど実家に泊まり込みの状態でありました。。。
子供の頃から慣れ親しんだ、
老朽化した診療スペースが取り壊され、毎日朝もはよからガンガンと工事の騒音やら何やら・・・

。
それはそれは、本当に消耗しましたが、無事に工事も終わりホッとしたと同時に、
雪崩込み状態で診療がスタートした次第です。
昨年の秋から冬にかけては、父の診療のサポートを週に1〜2回程度手伝っていたのですが、深夜遅くまでアルバスで仕事をして、翌朝早くに身支度を整えてアシスタントとして働くのは相当キツかった・・・
でも見知らぬ患者さんから、私が憶えていない、私の子供の頃の話を聞かされたり、父がいかに多くの人々から頼りにされているかを知る、とても貴重な時間でありました
父はかなりの
変わり者で、そんなこと言っちゃっていいの

・・・と思うようなこともズバズバと患者さんに言ってしまうし、病院も医師も老朽化していたため、古くからのお付き合いの方ならまだしも、新患の人が来るたびに「どうしてウチにいらしたのですか

・・・他にいっぱいあるでしょうに・・・。」などと、私も不思議でならず。
でも今時珍しくなった、父の調合した薬でなければ駄目だと言う患者さんや、口は悪いけれど薬の使い方が適確だと絶賛してくれる患者さん・・・ナドナド、ありがたい皆様が足をお運び下さり。。。
ケンカばっかりしている父娘ですが、「あ〜、こうしてパパが働いてきて、私たち5人きょうだいは学校に行かせてもらい、生活させてもらって来たのね。」と、心から感謝の気持ちを抱けるようになったのでした。
家業を引き継ぎ、患者さんを引き継いでくれることになった兄は兄で、ゼロから知らない土地で自分の力を試したいとか、恐らく色々な葛藤もあったでしょうが、歩み寄って続けることにしてくれて本当にうれしく思います。
ノスタルジーに浸る間もなく、旧医院の片づけ・半分閉めて工事しながら、まさに
野戦病院みたいな状態の中、ギリギリまで診療を続けておりました
しかしながら、休んでいるほんの少しの間に父の意欲が失せてしまい、一時はもう完全引退するとまで言い始め・・・
なだめ、励まし、時に
突き放し・・・、何とか説き伏せてやる気にさせた次第。(といっても、週3回だけですが

)
今朝は無気力で、もう辞めるとまで言っていたのが嘘のように、妙に張り切って診察に向かい

。。。
一同、驚いた次第です

たくさんのモノを処分しましたが、軟膏缶やその他もろもろを収納していた
ガラスのキャビネット。
小さい頃から好きだったこれを、思い出として我が家に迎えることにしました。
手あかや軟膏や汚れが付いてお世辞にもきれいとは言えない代物でしたが、一か八か我が家に引っ越し。
雨のそぼ降る寒い日曜日、家に籠って
再生作業に取り組み、何とかここまで磨き上げることが出来ました

計量用の
シリンダーはお花を挿す花瓶に

もう一つ、うっかり割れてしまったものは輪島に金継ぎに出しました。
ロイヤルコペンハーゲンのインクブロッターは、万年筆でカルテを書いていた父のために、いつだったか私がプレゼントしたもの

これからは電子カルテになってしまうので、オブジェとして私が飾ります。
立派な大理石の
SEIKO-SHA製置き時計は、父の大学時代の親友たちが、40年前の開業の時に贈って下さったものであり。。。
私が物心ついてから、これは父の診察室のデスクの象徴でした。
壊れて動かなくなって久しかったものを、今の時代には出せないであろう風情と佇まいが捨てるに忍びなく、大枚をはたいて修理をし、現在は我が家で時を刻んでくれています。
我が家は作りつけの棚以外、ソファーとダイニングテーブルくらいしか家具がなくガランとしていたのですが、なかなかイメージするキャビネットに出会うことがなかったのです。
それがこの丁度よいサイズといい、ガラスの軽やかさといい、何より思い出のいっぱい詰まった
ヴィンテージ感といい・・・ぴったり
とりあえず、ワイン・セラーの上を占拠していたワインクーラーを収め、上の棚にはガラスの花器類を飾ってみました
これから色々に使い道を考えていきますが、キャスター付きのこの人、我が家の
パーティ・ワゴンとして大活躍することは間違いありません